monologue : Same Old Story.

Same Old Story

人生を変える何か

「どうしたんです、そんな」

つり革につかまり、うなだれ疲れた顔をする僕に、目の前の席に座った壮年の男性が話しかける。僕は思いもよらない言葉に少し戸惑いつつも、なんとか気の抜けた愛想笑いを返した。

「あまりに疲れた顔をしているので、どうしたものかと」
「……いえ、どうということはないんです。ただ疲れているだけで」
「お仕事が忙しいと」
「いや、仕事もまあ……そうなんですけど」

品のいい雰囲気のその男性は、うっとうしくない程度の興味の視線を僕に向けていた。僕は満員に近いこの電車で、なぜ彼が話しかけてきたのかについてはあまり考えないでいた。

「仕事……だけじゃなくて、人生にというか。いや、変な意味じゃないんですけど」
「人生に、というと」
「……なんていうか、目標がないとか、先々が開けて見えないというか、どうしたらいいのかわかんなくなって嫌気がさしてきたというか、そんな」

男性は腕を組み、考えるような素振りをみせる。

「さて、あなたくらいの若いお人が、そんなことではつまらないでしょう」
「それはつまらないですけど、どうともしようがないような」
「もっと可能性に夢を見たり、恋人と楽しく過ごしたり」
「そりゃまあ、できるものならそうしたらいいんでしょうけど」

不思議と、彼の言葉はそれほど嫌味には聞こえなかった。

「特別夢があるわけでも、恋人がいるわけでもありませんし」
「今そうだったとして、ずっとそうではありませんよ。何を持っているかではなくて、何を手に入れようと準備しているか、で」
「はあ」
「例えば、この電車で人生を変える何かに出会うかも知れないのですから」

はあ、と気のない返事を続ける。突然席を立ち上がる男性。

「私はここで降ります。席、空きましたのでどうぞ」
「え、ちょっと」

ぐいと手を引っ張られ、座席に腰かける。なぜか、あっという間に彼の姿は見えなくなってしまった。

(人生を変える、ねえ)

言葉を反芻してぼんやりする僕に、腰かけた席の正面向かいの席から声がかかった。

「あれ、久しぶり」

スーツを着た、仕事帰りの女性だった。さっきまで気に止めず目にも入っていなかった彼女には見覚えがある。大学時代同じ授業に出ていた同級生だ。卒業してから顔をあわせることなんてなかったのに。

「いつもこれに乗るの?」
「ん、まあ」
「私は今月から異動になってさ」

久しぶりでも屈託のない笑みを見せ、気さくに話す彼女。さっきの男性はどこにも見当たらない。駅まであと十分もあるのにここで降ります、なんて、あるいは彼女がその何かだろうか、など思いながら、僕は疲れが少しずつ抜けていくのを感じていた。

Fin.

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