monologue : Same Old Story.

Same Old Story

あなたが世界を

「例えばおとぎ話のように、自分が世界を救えるとしたらどうしますか」
「どうしますかって、そりゃ」

救えるものなら救えばいいのだろうし、もしも、万が一、偶然に偶然が重なると、いち個人がそういった機会に恵まれることもあるのかも知れない。それが恵まれているのかどうか、今の僕にはわからないが。

「それが今のあなたにしかできないことで、明日や明後日には好機を失うかも知れないとしたら」
「……わからないな、そんなこと」

夜も更けた頃に、突然僕のアパートを訪れた営業サラリーマン風の男はそう言った。世界が救えるとかどうとか、何か宗教の勧誘かとも思ったけれど、どことなく話を聞かなければいけないような、そんな風貌をしているように感じた。加えてその男の言うことは、なんとなく僕のどこか核心を突いているような、そんな気もした。

「もう一度説明しましょう」

ほんの十五分前に話したことを、もう一度男がなぞる。

「あなたのこれまでの人生は全てつくりものです。それは、私たちが仕組んだことです」
「はあ」
「なぜそうしたかというと、大がかりな実験や研究をあなた本人に悟られないようにするためです」
「はあ」

一言一句間違わずに繰り返す。

「あなたの本当のあるべき人生は、どこにもありません。あなたは実験や研究のために産まれた命なのです」
「はあ」
「つまり、ある種実験や研究が成功しかかっていることで、あなたの人生に意味が生まれたのです」
「はあ」

こんな馬鹿げた仰々しい話を、どうして聞き入ってしまうのか。

「妙な宗教だと笑い飛ばせないのは、あなたの根源に私たちの『仕組み』が組み込まれているからでしょう。あなたは、私たちがある病気に対抗するため実験的につくられた人間です。今日まで発症して命を落とさなかったのは実験が半ば成功しているからであり、この結果を還元できれば研究は成功するのです」
「……はあ」

サラリーマン風の男は、眼鏡をずらして僕を見やる。

「ただ、あなたには研究を放棄する権利があります。実験は成功しましたが、あなたは尊厳ある命をもっていて、私たちに強制力はありません。あなたの人権を尊重して、あなたでの研究することをやめさせることもできます」

おかしな話だ。彼らの言う実験生物に権利だなんて。

「しかし、あなたが研究に同意してくれるなら、もしかしたら世界を救えるかも知れません。病気も日々かたちを変えており、今この瞬間でないと研究は成功しないかも知れません。例えばおとぎ話のように、自分が世界を救えるとしたら」
「あの」
「はい」

男は黙って僕を見る。

「病気って、僕が成功させる研究ってどういうものなんですか。自分が何と戦わなきゃいけないのか、どう戦ったらいいのか、そんなこともわからずに今この場で決めろなんて、もうちょっと情報があっても」
「病気そのものについては」

僕の質問を遮るように男が口をはさむ。

「よくわかっていません」
「わかっていません、って……」
「非常に伝染力が強く、潜伏期間が不定期で、発症すれば速やかに死に至ります。実に、世界中の何割かは既に死亡し、何割かは感染しているのではないかと予測されています。それ以外のことはよくわかっていません。だからこそ実験を繰り返しました。ひとつわかったことは、適合者の血液をもとにして栄養剤のようなものをつくり、それを摂取し続ければ発症することはありません」
「…………」
「あなたが暮らすこの人生は、この病気が世界に発生する前の記録をもとにつくられた、擬似的なものです。ある巨大な施設の中で、さも普通の生活のように繰り返されています」

男はそれきり黙った。次の質問を待っているようだった。

「……もし、研究を引き受けたら」
「あなたには一生、抗体工場のようになってもらいます。死なずに血液を産生し続けますが、もう二度と自由にはなれません」
「……もし、研究を断ったら」
「私との接触の記憶を消し、また明日から擬似的な生活に戻るでしょう」
「……僕が研究を断ったら、人類が死滅するって?」
「他にも被験体はいますから、その誰かがうまくいくのを待つでしょう。けれど、うまくいく保証はありません」

僕は黙って、少し考える。考えるといっても、こんなこと、どう判断したらいいのかもわからない。そうして二人とも黙って、数分が経ったとき、男が再び口を開いた。

「この世界の多くは、本当にあったことを元にしています。あなたが密かに想いを寄せる女性は、本当の世界で感染者と判断され隔離されています。彼女は、明日にでも発症して死ぬかも知れません」
「…………」
「けれどあなたには、この夢物語のような人生の中で、彼女と添い遂げる権利もあります」
「……どうしてそんなことを」
「あなたの権利について、私には説明する義務があります」

眼鏡越しの男の目をよくよく覗き込むと、その瞳は機械仕掛けのようで、まるでサイボーグかアンドロイドのようなものが使者としてつかわされてきたような、そんなことを思わされた。

「あなたが世界を救えるとしたら、どうしますか」

男が僕の目を覗き込む。

Fin.

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