monologue : Same Old Story.

Same Old Story

箱詰めの未来

「……っはぁ」

長く泳いでいて諦めかけた息つぎをようやくできたような、待ちに待った呼吸を迎えたときのように、勢いと量と長さを兼ねて、息を吐く。そして、それを十分に補えるように息を吸い、乱高下を少しずつ平常に整えるように、落差を小さくしながらも荒い呼吸を続ける。ようやく落ち着きを取り戻して、さっきまでのことが夢だったことを確認しながら、その内容を読み解くように思い返す。

「……なんだろうな、ここ最近」

予知夢だとか深層心理の示唆だとかはあまり信じていないが、夢というのは多分僕の脳に直接、何の偏りもなしに働きかける最も強い出来事であって、だからこそここまで不安やよくない確信めいたものを抱かせるのだろう。

「鬱だとか、そういうつもりはないんだけどな」

首に何か細長い紐のようなものを引っ掛け、それが一気に後方へ引っ張られる。実際に体験したこともないことは想像するしかないが、自分の空想の中におさめられることで置き換えるとするなら、あれは、まるで首吊りのようだ。

「つもりは、ない、けどな……」

時々社会現象のように報道される、鬱だのいじめだので首を括って自殺、なんてことは自分に全く縁がないと思っていたが、夢にまで見る、しかも一週間も続けてだと、何かしらの縁のようなものを連想せざるを得ない。

「五月病でもあるまいに」

寝汗を拭って手早く身支度を済ませ、仕事へ出向くために自宅を後にする。駅の改札を通り抜けると、不吉な夢のことなど考えてもいられないほどの人混みが出迎え、続いて身動きも許されないほどの箱詰め、満員電車に送り込まれる。

(まあ、こんなことを続けてりゃ死にたくなることもあるかもな)

押し潰されそうな満員電車に耐え切れず仕事を辞める、毎日の繰り返しに嫌気がさして社会から離れる、その延長線上に鬱病だの何だのがあって、自ら命を絶つ、こともあるのかも知れない。そんなことのために命を絶つなんて馬鹿馬鹿しいと思えるのは、客観的に見ていればこそのことかも知れない。自覚がないからこそ、底なし沼に足元をすくわれ続けていくのだ。

(こんなことを……)

普段にも増して今朝の夢のことを思い返していると突然、箱詰めの電車が大きく揺れた。壁と人に挟まれ悲痛な叫び声があちこちから上がり、いくつかの鞄が手元から飛び出したのか宙を舞う。事故か故障か脱線か、不吉な予感が身体の奥の方からにじみ湧いてきたそのとき、顔に何か細長いものが引っ掛かった。

(……これは)

肌に触れた感触と一瞬見えた質感からすると、スポーツバッグか何かの肩掛け紐のようだった。それは目元から鼻の上へすとんと落ち、大して引っ掛かりもせず首元まで落ちた。

「……!」

落ちたと思ったその瞬間、持ち主に引っ張られでもしたのか、紐はかなりの重みを持ってぐいぐいと後方へ締め付ける。体勢を整えるかどうにかしなければ、と考えても、身動きできないほどの満員電車には既に混乱も起きており、自分一人の状況に気付く人も両手を動かす隙間を与える人もいない。紐をどうにかしている当人も、その先が何に引っ掛かっているかまでは気付いていないらしい。

(まさか……!)

まさか、深層心理の示唆ではなく予知夢だったのか、などと考える余裕だけはあり、あとは夢と同じように、苦しい時間が続いても息つぎができる結末を迎えるよう願う程度には思考能力もあった。満員電車の行く末はわからないままで、車内の混乱と悲鳴も当分おさまりそうにはない。

Fin.

Information

Copyright © 2001-2014 Isomura, All rights reserved.