monologue : Same Old Story.

Same Old Story

鐘が鳴るまで

「ここはひとつ、もう一度原点に立ち戻って整理してみることにしましょう」

消費電力量の削減でも目指しているのか薄暗いままの会議室で、二十を超す男たちが集まって話し合っている。二時間弱もそうしてはいるが、議論が白熱して意見が分かれている、というわけではなかった。

「原点、ねえ……」
「テーマとして何でもありとは聞いていたが」

是非を討論しているというよりは、提案そのものを受け入れて議題にしてよいのかどうか、その時点で惑わされているようだった。何人かがざわつきながら後ろ向きにつぶやき、しかしすぐに口をつぐんで進行役の男を見守った。

「ええ、まず原点に戻ってみることです」

進行役の男は静かに立ち上がり、身振り手振りを交えて話し始めた。

「まず初めに、それの起こりから考えてみるべきでしょう」
「起こり」
「本来はどのような用途のものだったのか、ということです」

ざわついていた男たちは静かに見守っている。

「本来は、そして現在も本質的には、医療のために生み出されたものですね」
「それは、まあ」

誰ともなく相槌をうつ。

「医療のために生み出され、現在もそのように使われ、ただ問題があるために、どうにもよくないことの象徴とされてしまう」
「よくないこと、ね」
「なぜよくないのか。その原因はおおまかにみっつ」

指し示す進行役の男の指を、話し合いの冒頭から変わらぬ真剣な懐疑の眼差しで、多くの男が見つめる。

「ひとつは、知識不足。正しい使い方をされず、至適範囲を大きく逸脱するために弊害が大きくなる。不適切な使用による副作用だといってしまっても構わないでしょう」
「正しく扱えば問題がない、といってしまっていいのか」
「そうです。現に、正しく運用される範囲ではそれほど大きな問題にはなっていません」
「見過ごせる範囲の副作用でしかないと」
「取り返しのつかないようなことにはなっていないはずです」

ひそひそと、ざわざわとつぶやきが生まれ始める。

「ふたつめは、よくない組織がそれを扱っているからです」
「……よくない組織、とは」
「有り体にいえば、反社会組織。暴力団、マフィア、そういった類の」
「……まあ、な」
「正しい知識を持ち公平公正な組織がこれを運用するなら、大きなマイナスにはならない」

ざわめきは次第に大きくなり、また後ろ向きなつぶやきが大きくなっていく。

「しかし、ねえ……」
「最後に」

進行役の男が人差し指を立てる。ざわめきが一瞬静まる。

「通称がよくない、あまりに低俗です。本来のあるべき性質も何も表しておらず、いかにもまやかしや虚偽のものごとを彷彿とさせる」
「…………」
「実際には賦活化作用を期待するのですし、幻覚も催眠もありません。やめましょう、覚醒剤なんて呼び方は」
「……やめた、ところで」

ざわついていた男たちのうちから、一人小太りの男が立ち上がって問いかける。

「名前を変えたところで、受け入れられるものなんだろうかね、その、麻薬を公に売買許可するというのは」
「……我々が厳密に情報管理をし、賦活作用の至適範囲でのみ使用を許可するのです。受け入れがたい印象は確かにあるでしょうが、くさいものでも何でもないのですから、蓋なんて必要ないのですよ」

小太りの男は心なしか、進行役の男の眼光が鋭くなったのを感じた。

「しかし、ね、こう、政府がそれを後押しというのは……」
「本日お集まりの皆様は」

進行役の男は、あえて小太りの男から視線を逸らし、会議室全体へ呼びかけて言った。

「既に状況はご存じでしょう、政府の財政がどれほど逼迫しているか。規制緩和も掃いて捨てるほど準備されていますが、起爆剤になる一手が足りません。過去になく、効果的で、劇的なイメージが必要なのですよ」
「……それは、何のためにだ。あんたのためにか、政権のためにか」
「もちろん国家の、ひいては国民のためですよ」

にやりと笑う。

「繁華街の裏路地で、反社会組織が資金源に毒を売り歩く。我々が正しい知識で、その毒を薬として使えるよう斡旋し、そこから収益を得られる。誰も被害を被らず、結果的に財政を立て直す一翼になる。あとは、皆様が合理的に判断なさるだけです」
「しかし、ね……理解は得られんだろう」

何人かが同じ内容のことを口にする。国が毒になり得る薬を公に扱っていいのか、そもそも薬に頼って賦活を試みるなんて。そしてどこからか、それに対する反論が出始める。薬も毒も起源は近い、気分の波を病気と認定するなら薬は必要だ、いやしかし……議論が形を成し始めたところで、進行役の男が言う。

「是非はともかく、人々が抱く印象についてはご心配なさらず。どんな困難や逆風にも耐え忍ぶ国民性ですから、悪いイメージだっていずれ風のように忘れ去ってしまうでしょう」

Fin.

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