monologue : Other Stories.

Other Stories

三つめの感触 : 1/5

ベッドに寝転がったまま、京介はタバコに火をつけた。

「ちょっと、やめてよ寝タバコなんて」

背後から聞こえる女性の声。叱り付ける様な口調ではあるが、声には刺々しさの様なものは感じられない。彼女……優子の話し方はいつもそうだった。裸のままの背中に、彼女の長い髪の毛の感触と体温が感じられた。

「寝タバコは火事の元、って言うでしょう」
「…………」

京介は無言のまま壁を見つめた。

「どうかしたの?」

優子が心配そうな表情で京介の顔を覗き込む。

「別に。どうもしやしないよ」

わざと引っかかる様な言い方をしてみせた。予想通り、優子は困ったような顔をする。自分にどこか落ち度があったのではないか、と思い返しているらしい。

いつもはこの表情をどこか愛らしく感じたりもするのだが、今回に限ってはそう思うこともなかった。まるで彼女が何も気付かない振りをして、しらを切りとおそうとしている様にしか見えないのだった。

事の発端は二日ほど前だった。

その日、京介は優子との約束をキャンセルされて苛ついていた。彼女が「大学のレポートをどうしても今日中に片付けねばならない」と言うので、寛大な振りをして携帯電話を切ったばかりだった。

付き合って六ヶ月になるだろうか。彼は彼女の全てを……色白の肌や、スジの通った鼻、おっとりした性格。それらを含む彼女の全てを愛しているつもりだったが、彼女の頑固なほどの真面目さには多少抵抗があった。

たとえ約束があっても学業が優先だ、との彼女の言葉を思い返して、大げさなくらい大きなため息をついた。確かに彼女が正しい様な気はしているのだが、いざそういう状況になると納得がいかないのも事実であった。彼女は自分よりも勉強の方が大事なのだ……。などと、意味のない嫉妬をする。

まあそれも大学を出るまでのことだ。そう考えはじめた矢先、一つ向こうの通りに彼女を見かけたような気がした。何故彼女がここにいるか、という事より、今ここで彼女に会った偶然の感覚が嬉しくてたまらなかった。近寄って声をかけてみよう、どんな表情をして驚くだろうか? そう思いながら駆け出した瞬間、京介の足は凍り付いた。彼女は背の高い、同年代らしき男と腕を組んで歩いていた。

(これは……?)

心臓が強く脈打っている。血の気がひいていく。これは一体どういう事だ? 大学のレポートはどうした? 何で男と歩いているんだ? 何で腕を組んでるんだ?

…………。

聞きたい事が次から次へと出て来たが、どれも言葉にはなりそうになかった。彼の目にはどうしても友達の雰囲気としては写らなかった。

(あれは確か……昔の恋人……?)

写真を見せてもらった事があった。どういう事なのかさっぱり理解はできなかったが、京介は自分が思ったより冷静でいる事に感心していた。

そしてその二日後の今日、彼女は何事もなかったかのように京介のところへやって来た。実際彼女にしてみれば何もなかったのと同じなんだろう……。京介は心の中で呟いた。優子はまだ困った顔をしていた。

「……本当になんでもないって」

適当に取り繕って話題を終わらせる。彼女が自分を欺くような仕草をしているのを見たくはなかったし、自分の態度に少し罪悪感も感じていた。背中を向けたまま、京介は眠りについた。

To be continued

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