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  3. 長い長い手紙
  4. 緊急手術

長い長い手紙

  1. 休暇
  2. 名前のない手紙
  3. 覚えのない旧友
  4. どこかへ
  5. 恩師
  6. 休息
  7. 長い入院
  8. 緊急手術
  9. 祈り
  10. 集中治療室の彼女
  11. 再会
  12. 電話にて

緊急手術

「もうずいぶん長いのよ、入院生活」
「彼女、なんの病気なんですか?」
「さぁ、特発性なんとかって……心臓が悪いらしいのよ」

ご近所の噂じゃ聞きだせる情報なんて限られている。病院の名前がわかってるならそっちに向かうことにしよう。そう思い僕は、このおばさんに別れを告げることにした。

「中央……西区中央病院か」

通りに出てタクシーを拾う。停まったタクシーの車種と、天井の上に突き出た看板がさっきのタクシーと同じものだったので、一瞬運転手も同じかと思った。

が、実際はさっきの、蜂須賀という運転手よりだいぶ痩せた男だった。

「どちらまで?」
「中央病院まで」

この運転手はさっきの運転手と違い、無愛想を絵に描いたような男だった。病院につくまで終始無言で、彼から話しかけてくることはなかった。

「到着です」
「ありがとう。あぁ、その……」
「なんでしょう?」
「君と同じ会社の、蜂須賀ってドライバーを知ってるかな?」
「あぁ、あのミステリー好きの」

マニュアルの対応じゃなかったんだな、となぜか僕は胸をなでおろした。

「それが何か?」
「いやいいんだ。なんでもない」

この運転手もまたしばらく不思議そうな顔をしていたが、やがて仕事に戻っていった。仕事あがりにあの蜂須賀って運転手と、僕のことについて何か話し合ったりするだろうか? そのときの会話の内容を想像して、僕は一人ほくそ笑んだ。

「受け付け……」

中央病院はなかなかの広さで、少なくとも外観は名前負けしていなかった。最初に訪れる外来受け付けまでも結構な距離だが、病人やけが人にとっては厳しくないのだろうか。その受け付けには、少し小柄な看護婦さんがいた。

「あの」
「はい、面会でしょうか?」
「えぇ、まぁそうなんですけども……心臓とか悪い場合はどこへ?」
「お名前をおっしゃっていただければこちらで照会します」
「あ、そうですか。本間千佳子っていうんですが」

僕が名前を告げると、彼女は分厚いファイルをめくりはじめた。

「本間千佳子さん……循環器系第二病棟ですね」
「循環器系、第二」

意味もなく彼女の後を追って繰り返す。言葉の意味は理解できていないが、暗記するときの条件反射みたいなものだ。

「そちらの角を曲がってすぐのエレベーターを五階に上がってください」
「あの、部屋の番号とかは」
「上がってすぐ循環器系第二事務室がございますのでそちらで」
「あ、ハイ、どうも」

きれいに敬語を使われるとこっちも腰が低くなってしまう。今度から部長に叱られるときはこの手でいこう、なんてくだらないことを思いついた。

「エレベーター……これか」

車椅子への配慮だろうか、かなり大型のエレベーターだ。その割に音は静かで、結構早く着いたような気もした。技術の進歩というやつだろうか。

「あ、あの」

確かに上がってすぐの場所に事務室が見えた。

「こちらに本間千佳子さんって……」
「ああ、本間さんなら今日の午後からオペの予定が……」

そう言うと、事務の看護婦は振り向いてホワイトボードに目をやった。彼女はなかなか大柄なので、僕の立ち位置からはホワイトボードは見えなかった。彼女の陰に隠れてしまうからだ。

「ええ、今日の午後に手術の予定がありますけど。面会なさいます?」

面会に来たのだから当然、と言おうとしたとき、廊下の向こうが騒がしくなった。

「……繰り上げて……第二…術室を……」

何だろう、と見つめる僕に、事務の看護婦が言う。

「あ、患者さんがここ通りますので、通路あけてくださいね」
「ああ、すいません。手術か何かで担架でも?」
「どうでしょう、予定はないんですけど……緊急かしら」

頼りなさげな雰囲気で彼女が言う。やがて廊下のはるか向こうから、車輪といくつかの足音が聞こえてきた。患者をのせた器具か何かが走ってくるのだと、医療に疎い人間でもわかる音だった。

「すいません、廊下あけてください」

先頭の医師が先導しながら言う。僕は壁にへばりついて、嵐が過ぎるのを待つような体勢になった。やがて、足音と車輪の音が近くなって、僕とすれ違った。

患者は僕と同じくらいの年の女性だった。顔色も悪く息苦しそうだったが、僕を見て目を見開いた。そして、少しだけ……ほんの少しだけ口を動かした。

彼女が何を言ったかは聞き取れなかったが、彼女の口の動きははっきり見えた。

「 サ エ キ ク ン 」

確かに彼女の口はそう動いた。嵐が過ぎ去って、とぼけたように事務の看護婦が言った。

「あ、今のが本間さんですね」

わかってる、とも言えずに、僕はただ立ち尽くすのみだった。

To Be Continued