monologue : Other Stories.

Other Stories

長い長い手紙 : 6/12

「なんだもう帰るのか? 用件がすんだらさっさと帰るなんて、お前も薄情だな」
「またゆっくり挨拶に来ますから。受験生の相手で大変でしょう?」

僕は多少形式ばった挨拶で職員室を後にした。渡辺先生は不満があるようだったが、連絡先を告げると少しだけ嬉しそうに笑った。いつでも呼んでくれ、というセリフが効いたのかも知れない。

「本間、千佳子」

彼女の名前をつぶやいてみた。池脇千佳子……現在の名前は本間千佳子。確かに両親は離婚して、母方に引き取られて引っ越していった。

「成績の優秀な賢い子だったが、体が弱かったからな。だから印象も薄いんじゃないか?」

渡辺先生はそう言っていた。いまだに僕の記憶に彼女との接点は浮かばない。

「ああ、今日はもうここまでだな」

校門をくぐる頃にはすっかり陽は落ちていた。彼女の現在の住所もわかったことだし、もう明日にしよう。

家に着いた頃に、携帯電話が鳴った。実家の母からだった。

「ちょっと、今日はどうしたの?」
「あー……説明すると面倒そうだから」
「それってどういうことかしら? 何か帰りたくないわけでも?」
「また後でまとめて話すよ。とりあえず明日も帰れそうにない」
「ちょっと、それって……」

話半分に電話を切ってしまった。知らない土地をうろうろ歩き回るのは思ったより疲れる。とりあえず今日はもう寝てしまおう。

「池脇……ああ、あの池脇か。池脇がどこにいるか、ってそりゃ……」
「? 彼女の居場所、簡単に言えないような場所なんですか? 場所が入り組んでるとか、あ、海外?」
「今も国内に住んでるよ。割と近所の方だったように思う」
「じゃ、あまり世間的に良くないようなところに?」
「いや、まあその、そういうわけじゃないんだが」

そういえば、先生のあの渋り様は何だったのだろう。彼女の住所を僕に教えることが、何か良くないことにつながるのだろうか?

「今はいい、会えばきっとわかるから」

荷物を詰めたスーツケースを蹴り倒して、僕はベッドに倒れこんだ。

To be continued

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