Other Stories
長い長い手紙 : 9/12
- Pray for Her
- http://www.junkwork.net/stories/other/00609
「彼女、一体なんの病気なんだい?」
「あら、ご存知ないんですか?」
「彼女教えてくれなかったから……それとも君に聞いたらまずいかな?」
「あまり喜んでお教えできるものじゃありませんが」
「そうか、ならいいよ。病名だけ聞いても理解できそうにないし」
僕が大人しく引き下がったので、事務の看護婦は安心したようだった。振り返ってエレベーターに向かう途中で気づいた。
「……そうか、車椅子じゃなくて担架用のエレベーターなのか」
だからこんなに大きいのか、と今さら情けない発見をする。とりあえず、これからどこへ向かおう。
「あのさ、手術ってどれくらい時間がかかるもの?」
「一時間ですむこともありますし、二時間三時間の場合もありますが」
「彼女……本間さんの場合は長引きそう?」
「さあ、緊急に、っていう場合は予定と狂いますので……」
「そうか……病院の中で時間つぶせそうなところは?」
「一階ロビーにカフェテリアがありますよ」
事務の看護婦に軽く礼を言って、今度は階段の方に向かった。次に担架を使わなきゃいけないときに、僕が乗ってたら何かと迷惑だろう。病院内で迷子になりそうになって少し後悔したが。
カフェテリアは思ったよりも空いていて、経営難にならないかと思うほどだった。時間帯によって混み具合も変わるだろうし、経営難なんてあり得ないのだろうけども。とにかく、静かに時間をつぶせそうだった。
僕は、テーブルの上に彼女からの手紙を置いた。
“ずっとずっと好きでした”
これ以上ないくらいにシンプルな手紙。透けてしまいそうな便箋にえがかれた、折れてしまいそうな彼女の字。
“ごめんね、びっくりした? 他にいい方法が思いつかなくて。
この封筒に気づかなければ、それはそれでいいんだけど。
池脇 千佳子”
封筒の中に隠された、おそらく彼女の本音。十何年もどこか奥底にしまいこまれて、ようやく陽の目を見た封筒。
彼女は、僕を覚えていた。確かに、僕の名前をなぞった。
「 サ エ キ ク ン 」
確かにそう言った。……僕は、記憶の断片を集めてる最中だというのに。
机に突っ伏して、目を閉じて祈った。手術が無事成功しますように。彼女が無事に退院して、思い出話でも何でもできますように。
カフェテリアでのゆるやかな時間の流れの中、僕はひたすら祈り続けた。外から射し込む光は、やがて夕方のそれへと移り変わっていった。