幸せへ向けて
- Father
- http://www.junkwork.net/stories/other/010/012
「ただいまぁ」
すっかり暗くなった頃にようやく家に着いて、誰もいない部屋に呼びかける。大きく息をついて、玄関に座り込む。頭を左右に振りながら。
「やればできるじゃないか、素敵な父親じゃないか」
少し口元の緩んだ顔で、自分自身に呼びかける。今日亜理紗と妻と会ったことは、きっと僕の今後の生活を幸せな方向へ向けるに違いない。今日一日、素敵な父親でいた僕と、優しい母親でいた妻。無邪気にはしゃぐ、まだ幼い娘。絵に描いたような円満な家庭だったじゃないか。
「きっとうまくいく、きっと。今日うまくいったんなら明日もうまくいく」
いつになるかはわからないけれど、きっと妻は僕にこう言うはずだ。娘を連れて飛び出したのは軽率だった、もう一度やり直したい……と。冷蔵庫を開けて、ウィスキーの小ビンを取り出す。
「明日もうまくいったなら、これから、ずっとずっとうまくいく」
小さくつぶやきながらコップを探す。
「あれ、ないな……今日はストレートでもいいか」
直接ビンに口をつけ、一口、二口とウィスキーを流し込む。辛いときは喉の奥に染みるが、今日は胃の底を刺激して、僕の気持ちを高揚させた。
「……っ効くなぁ」
少しフラフラになりながら、パソコンに向かう。今日あったことと話したことをどこかに書き留めておこう。
「昼食、話し合い、亜理紗の希望で遊園地……」
口にしながら次々と入力して、思い出しながらにやけ顔になる。
「夕飯、ホテルのロビー、眠る亜理紗を抱きかかえる妻との話し合い……」
そして、次に会うことの約束もした。今の僕の生活の状況によっては、これから一緒に暮らすことも考ていく、とも言った。
「明日は希望に満ち溢れている、と」
陳腐なセリフで締めて、今日の記録は終わり。
「おっと、メールチェック……ん?」
今朝方、僕が家を出た直後に届いたメールだった。件名は『未来のパパへ』となっている。偽装されているのか、差出人は不明。
「何だこれ?」
何か新しいタイプの広告か、それとも質の悪いいたずらか。酔ってフラフラになった僕の頭で思いつくのはそれくらいだった。